「今月は海にいます」
このページを見ていただいた方は気づいているかもしれませんが、うちのHPの上の欄にはこの記載があります。比喩でもなんでもなく、現在地は、インド洋を東に向かって航海中。ご存知の方も居られるかとは思いますが、初めての方もおられるかもしれませんので、改めてご挨拶をさせていただきます。
貨物船で世界を巡る「船上カメラマン 団平」です。
主に、「#船から見た世界」として船から見た世界の景色を撮っています。と言っても航海中に船から見えるのは基本「海と空」しかないので、大抵は青空か夕日か星空です。
ただ、その海と空は毎日、天候によって、海域によっても表情と色を変えてくれるので、意外と毎日見ていても飽きないものです。
水平線から昇る朝日、数えきれない程の星を散りばめた空、さかまく波飛沫もあれば、空を鏡のように写すような凪の夜もあります。
この景色を見るために、僕は船乗りになったのだ!思うくらいには、船から見る景色が好きです。
ちなみに「今月末は陸にいます」と書いている時は、休暇中か、陸上で働いておりますので、気軽にお声掛けください。
さて、タイトルに戻ると、実はこの度、「夢」を叶えました。
その夢とは「船長」になることです。
商船高等専門学校に15歳で入学してから早28年、実に4半世紀が過ぎていると思うとあまりにも長い道のりだったように思います。実は、この文章を書いている2ヶ月前には船長になっていました。
そして、どこかのタイミングで船長になったことを書こうと思っていました。
ただ、怖かった…。
こうして文章にして、みなさんに読んでもらって、数日後に、船が衝突して大事故を起こしてしまったらどうしよう。座礁してしまったらどうしよう。乗組員が大怪我をしてしまったらどうしよう。せっかく船長になったのに、胸を張って話せない環境になってしまったらどうしようと。
今でも不安は尽きません。
船は大きく、一緒に働く乗組員が沢山いて、航海中、港に居る時いつどんな事故が起こっても不思議ではない。
そんな中を船長としてちゃんと判断をして切り抜けていくことが出来るんだろうか?
不安になることばかりです。
今でも覚えていることがあります。
あれは新米三等航海士になったばかりの頃でした。日本の近海で真夜中、航海当直に立っていた時に、3方向から船に囲まれて、どうやって避けたら良いかわからず、船長に助けを求めたことがありました。
船では、乗組員が判断に迷った時には、船長を呼ぶというルールがあります。
「コールキャプテン」です。
その時の船長は、寝ていたにも関わらず直ぐに船橋に来てくれて、僕がたどたどしく状況を説明すると、周りの状況を素早く確認すると、キビキビと操舵手に転舵号令を伝えてわずか5分くらいで全ての船を避けてしまいました。
なんでもない事のように、危機を切り抜けてくれた船長の背中は、20年以上たった今も忘れることができません。
その船長には、船の操縦以外にも、船乗りとしての心得や、仕事のやり方など多くのことを教えていただいて本当に感謝しています。
その時、僕は思ったのです。
いつか僕もこの船長と同じように部下に頼られて、それに応えられる船長になろうと。
そんな、憧れた人と同じ、「船長」に僕はなってしまった。
そんな、憧れた人と同じ、「船長」に僕はなれているんだろうか?
答えは「ノー」です。残念ながら。
もちろん、三等航海士のあの頃と比べれば、操船も上手くなった。度胸もついた。出来ることは多くなった。今、あの時と同じ状況になっても大丈夫だと言えるくらいには。
ただ、あの船長と、同じような技量も度量も知識もまだまだない。
立場は同じになったけれど、残念ながらあの時憧れた船長の背中はまだ遠い。
そう、28年かけて、たどり着いた夢の先は、「船長(新米)」だったのです。そもそも、子供の頃に夢見た道に進んで、それを叶える人は少ないかもしれません。たまたま、自分が実現可能な道に進んで、努力もしましたが、運も味方してくれて、そうして自分が「船長」になることができた。でも今はまだ成っただけなのです。
他によくある夢だと例えば「プロ野球選手」、「パン屋さん」とか「先生」というのもあるかもしれません。
ただ、そうして色々な試験や試練を潜り抜けてそれに成った先は。「プロ野球選手(1年目)」、「パン屋さん(見習い)」、「先生(新米)」だったりするわけです。
夢を叶えたとしても、それは残念ながらその道のゴールではない。むしろ、その道のスタート地点に着いただけなのかもしれません。
「プロ野球選手(三冠王)」、「人気パン屋さんのオーナー」、「校長先生」
のようにまだまだ目指す先があります。
あの時、憧れたベテラン船長の背中はまだ遠い。しかし残念ながら、新米でも、ベテランでも船長の責任は変わらないのです。
船一隻を、お客様から預かる大事な荷物を、そして、乗組員の命とその家族の生活を預かる
「船長」という仕事の責任の重さは、その立場に立って改めて重く肩にのしかかります。
正直に言うと、ここまで書いても不安がなくなったわけではないですが、この2ヶ月で一つの航海を終えてなんとか目指す道も見えてきたように思います。
そして、この文章を書くことで覚悟を新たにすることが出来た。
やるべきことは、
「安全に航海すること」
まずは、それを達成することが最低ライン。
今の自分が足りないと思うなら、積極的に周りのみんなに頼っても良いのかもしれない。
ちょっと頼りないと思われるかもしれないけれど、それで安全が買えるなら安いものです。
そういうマネジメントもアリでしょう。
でもいつかは、あの時の船長の背中に追いつきたい。
頼りになる「船長(ベテラン)」を言われる日を目指して。
最後に、お世話になった皆様に感謝を。
紆余曲折ありましたが、船乗りをやめる事なく「船長」になるまで続けてこられたのは、アドバイスを頂き、励まして頂いた皆様のおかげです。
まだまだ新米ですが、胸を張って船長ですと言える日までこれからも頑張りたいと思います。
ちなみに、肩につけているのは肩章。4本の金モールは船長だけに許された船長の証です。
写真家で船乗りです。1年の半分は、海の上で過ごす生活をしながら、写真撮影をしています。海の写真に留まらず、風景、ポートレート、家族写真などの撮影をしています。写真は自然光を活かしたポップな表現に定評があります。ソニープロサポート会員。撮影のご依頼はこちらまで。